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荘内藩の歴史を学ぶ旅

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ゆかりの地をめぐり、荘内藩の教えを学んでみませんか?

致道博物館はかつての鶴ヶ岡城の三の丸、庄内藩主酒井家の御用屋敷だったところです。庄内藩校致道館は庄内藩の士風の刷新と、優れた人材の育成を目的に、1805年(文化2年)酒井家九代目藩主・忠徳公が創設した藩校です。松ヶ岡開墾場は明治維新後の1872年(明治5年)旧庄内藩士3千人が刀を鍬にかえて開墾した場所です。月…


北前船文化と豪商めぐり

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全国に名を馳せた豪商の邸宅等が今も残されています。

丙申堂は鶴岡城下で庄内藩の御用商人として発展した風間家が、明治29年丙申の年に武家屋敷跡に住居と営業の拠点として建てました。本間家旧本邸は明和5年(1768)本間家3代光丘が藩主酒井家のため、幕府巡見使の宿舎として、旗本2,000石の格式をもつ書院造りで建造したものです。


おくのほそ道をたどる旅

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松尾芭蕉ゆかりの地や句碑が多く残されています。

最上川を舟で下った芭蕉一行が舟からおりた清川は、出羽三山へと至る「いのりの道」のスタート地点であり、ここから上陸した芭蕉一行は出羽三山へと旅を続けました。一行は羽黒山に参ったあと、鶴岡城下に住む庄内藩士長山五郎右衛門重行の屋敷に入りました。長山重行は、呂丸や岸本公羽と共に芭蕉門下の偉人として、鶴岡…


4 庄内の名建築を巡る旅

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庄内に残る歴史的建造物を巡る旅

本間美術館は文化10年(1813年)に建築され、名勝「鶴舞園」をはさんで本館と新館(昭和43年竣工)があります。本館は清遠閣と称され、藩政時代は庄内藩主や幕府要人を、明治以後は皇族や政府高官、文人墨客を接待する酒田の迎賓館の役割を果たし、大正14年には昭和天皇のお宿にもなりました。 国宝羽黒山五重塔は羽黒山参…


5 「おくのほそ道」酒田コース

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松尾芭蕉が酒田に入ったのは、6月13日(陽暦7月29日)夕刻でした。
赤川は現在黒森で日本海に注いでいますが、当時は最上川に合流していて、
鶴岡・酒田の間を往来する日通し船が運航されていました。
前泊地鶴岡の内川から赤川を下って、最上川を横切り、瑞賢蔵下の旅人用の桟橋から上陸したとされています。
そこか…


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